李秀英 – 瞬间

모래(沙子)가 손가락(手指)을 빠져 나가(滑落)듯(如同)  왜(为什么) 행복(幸福)은 오래도록(长久) 머물(停留)수가 없는지(ないかな)
就像沙子从指间滑落,幸福为什么不能长久
스쳐(掠过)가버린 인연일 뿐인데  다들(所有人) 고집(固执)스레 믿고(相信) 있지(ている?)(내것이라고)
只不过是擦肩而过的姻缘,但大家都固执的相信(是自己的)

얼마나(多少) 쓰라린지(刺痛) 다 알(知道)면서 소망(愿望,希望)하고 절망(绝望)하고
明明知道有多苦,依然在期望然后绝望。
너무(太) 많(多)이 앓(患上)고서 가슴(心,胸)에 굳은살(累赘,茧)이 앉고나니
伤得太多在心中留下太大的伤口
이제서야 알겠어 버릇처럼 나에게 들려준 그 말
这才明白,你习惯说给我的那句话

소중한 건 모두 꿈처럼 멀리 있듯이 우리 사랑도 닿지 않아
就像宝贵的东西都像梦一般的遥远一样我们的爱也不会到达
간절히 바라고 눈부신 건 모두 다 순간이듯이
即使诚心祈祷,闪耀的都是瞬间
우리 사랑도 길지 않아 아름답다고
所以短暂的我们的爱情也会美丽

열어봐 헤아려봐 기억들을 날 여기로 데리고 온
敞开记忆 回想带我来到这里的
울고 웃던 시간 모자이크처럼 조각났지만
哭过也笑过的时间,一片片碎去
이제서야 알겠어 버릇처럼 나에게 들려준 그 말
现在才知道你习惯说给我的那句话。

소중한 건 모두 꿈처럼 멀리 있듯이 우리 사랑도 닿지 않아
就像宝贵的东西都像梦一般的遥远一样我们的爱也不会到达
간절히 바라고 눈부신 건 모두 다 순간이듯이
即使诚心祈祷,闪耀的都是瞬间
우리 사랑도 길지 않아 아름답다고
所以短暂的我们的爱情也会美丽

다 알아 괜찮아 다알아 바람에 들리는 그대 음성
都知道, 没关系, 我都知道。随风能够听到的你的声音
젖은 뺨을 어루만지네 울지마 다치지 않을 추억들이 있잖아
抚摸着湿润了的脸颊,不要哭, 我们还有没有被侵蚀的回忆

애써 생각하지 않아도 입술에 남아 몇 번이고 더 부르게 될 그대 이름이
不用想都在嘴边不停叫唤的你的名字
긴 시간동안 가슴에 남아 다시 아프고 아파도
在漫长的时间留在心中一痛再痛

(생각하지 않아도 입술에 남아) 입술에 남아 있는 그대 이름이 아파도
(不用想都留在嘴边)留在嘴边的你的名字即使伤痛
순간이어 눈부신 저 불꽃처럼 우리 사랑도 아름답다고 믿을테니까
也都是瞬间,就像那个火花一样,我们的爱我们会坚信他的美丽。

ハジマリノウタ~遠い空澄んで~ – いきものがかり

最近沉迷的一首歌。

=====================分割线==============================

遠くに見えた街並み いつの日にか誓った景色と同じ
怯えて立てなくなっても 涙に滲む明日を教えてくれる

君からもらった言葉 僕の生きる意味を照らしてくれた
「もう少し強くなれたら…」なんて思ってみても仕方ないよ

「夢の途中」そう気付いたら なんだかちょっと楽になって
答えなど無くていいんだよ 僕の頬は少し朱に染まる

遠く見えた空は澄んでいて 泡沫の日々に迷わんとした
揺るぎないこの胸の真ん中の想いを託して 想いを信じて
僕はただ明日を見て歩こう たとえそこに願い届かずとも
変わらないあの日の言葉だけを この手に抱えて この手に抱えて

君とね 出逢ったことが見えなくなった場所を示してくれた
そうして解り合えたよ 僕も君も同じ弱さを持ってる

どうしてなんだ?みんな抱えてる怖さや不安を隠したりして
「強くない」ってそう言い切ったら 暗く濁った闇に灯り灯る

伝えたいことが溢れてきて あの空の向こうへ流れてゆく
ぎこちない言葉でしかないけど 今伝えたくて 今届けたくて

連綿とゆく時間の中で 僕は確かにここで呼吸(いき)をする
柔らかい陽の光を浴びれば また目を覚まして また歩き出せる

僕が生きた「証」を残そう それをいつの日か「夢」と名付けよう
つつましくも意味の在る「証」を 意味在る「夢」だと 確かな「夢」だと
僕は「今」を信じて歩こう たとえそこに祈り叶わずとも
生まれゆく全ての言葉たちを この手に抱えて この手に抱えて

=====================分割线==============================

远远的街景 与立下誓言的那天 一模一样
就算失去勇气 站不起身 我们也知道 泪水中还有明天
你留给我的话语 指明了我生存的意义
光是想想“再坚强一点” 又有什么用呢

突然发觉 “梦想尚未实现” 于是心里轻松了些
不必回答我 我的脸颊已经泛起了红色

远方的天空清澈透明 梦幻般的日子几乎令人沉醉
交付彼此心底坚定的思念 相信我们 都在思念
我大步前行 直奔明天 就算心愿无法在那里实现
只有将那天留存下来的话语 用这双手抱紧 用这双手抱紧

与你相遇 让我重新找到失落的世界
然后我们彼此发觉 我与你有着同样的软弱

为什么每个人 都要掩饰自己的恐惧和不安?
断定自己并不坚强 会在昏暗之中燃起灯火

想对你说的太多太多 一直涌向天空的另一边
虽然只是些笨拙的言语 我仍然想对你说 想让你听见

连绵不断的时光流逝中 我正在这里真切地呼吸着
沐浴在温柔的阳光里 我才能从梦中苏醒 才能继续前行

留下一点印记 证明我曾经活过 然后有朝一日 称之为梦想
那沉稳而深远的印记 正是深远的梦想 清晰的梦想
我大步前行 坚信着现在 就算愿望无法在那里实现
只有将今后不断诞生的话语 用这双手抱紧 用这双手抱紧

天声人语 2005.9.28[不可以漠视孩子们]

“看看口腔,就能知道家庭的情况。”儿童牙科人士之间有这样一句话。没有治疗,大量的龋齿被长期放置不管。口腔中满是肮脏的牙垢。此时,有人主张该想一想监护人是怎样对待孩子的。

三年前,因暴力或不肯抚养而被保护起来的孩子们接受了东京都和都牙科医师协会的检查,发现他们口中满是龋齿和未能受到治疗的病齿。“牙科现场说不定可以发现虐待儿童的痕迹。”各地的牙科医师协会开始号召会员们一旦发现异常情况就与协会联系。

“然而这一努力还远远不够。”千叶县牙科医师协会会长岸田隆先生说。虽然从去年开始就已经在提醒大家注意,目前还没有一件报告出现。

“一般来说,积极给孩子进行治疗的家庭都不太可能出现问题。”岸田先生认为。发现问题的关键是给乳儿一齐进行牙科检查时,有百分之十几没有到会场来。虽然可能有各种考虑,“这百分之十几的家庭一定暗藏着某些问题吧。”

岸田先生提议,应该去寻找未受检查的孩子,给他检查牙齿,并与监护人们交谈一下。因为这样会成为救助孩子们的有力手段,目前县政府正在努力寻求预算。

去年儿童咨询所接到的虐待事件全国共有约3万3千件。十几年来增加了三十倍。心灵被冰冻的孩子还有很多。“不可以漠视孩子们。”岸田先生的话,是针对着每一个大人的。

 「口をのぞけば家庭がみえる」。小児歯科にかかわる人の間で、そんなことが言われている。治療をしないまま、たくさんの虫歯が長く放置されている。口の中が不潔で歯垢(しこう)がべったり張りついている。こんな時、保護者に子育ての様子をたずねてみることも提唱されている。

 3年前、暴力や育児放棄などから保護された子どもを東京都と都歯科医師会が調べたところ、虫歯や未治療の歯が目立った。「歯科の現場で児童虐待のサインを見つけられるかもしれない」と、各地の歯科医師会では、異変を発見したら連絡するよう会員に呼びかけるところも出始めた。

 「でも、もう一押しが足りません」と千葉県歯科医師会長の岸田隆さんは言う。昨年から注意を促しているが、報告はまだ一件もない。

 「そもそも、進んで治療に来る子の家庭に問題がある可能性は低い」と岸田さんはみる。発見の一つの鍵は乳幼児に一斉に行う歯科検診だが、十数%は会場に来ない。色々な事情が考えられるが「やはり、その十数%に問題が潜んでいるのではないか」

 未受診の子を訪ね歩き、歯を診て、保護者とも言葉を交わしてみてはどうか、と岸田さんは提案する。子どもたちを救う大きな手だてになるのではないかと、目下、県に予算を組んでくれるよう求めているところだ。

 昨年度の児童相談所への虐待相談は全国で約3万3千件。十数年で30倍に増えた。心を凍らせた子どもは、まだたくさんいる。「無関心ではいられない」。岸田さんの言葉は、大人一人ひとりに投げかけられている。

天声人语 2005.9.27[纹身阿又]

日前有幸聆听到了战前的传媒相小泉又次郎的声音。他是小泉首相的爷爷。札幌市原公务员森山正男(65岁)上月底得到了一张古老的唱片,其中收录了他的演说。我请他在电话另一端放给我听。

“预算成立后的会期最后一天,议会突然解散了,这可不是武士该有的行为。这种内阁岂不是卷款而逃吗。”昭和12年春天,林铣十郎内阁突然解散,他作出了批评。声音洪亮,语言婉转,指责的词句也用得很巧妙。5年后出生的孙子后来当上首相,强行解散议会的事,他想必不知道吧。

又次郎人称“纹身大臣”。是神奈川县渔村的养鸢人的次子。背后纹了一幅龙的图案,在海港统领豪放的劳动工人们。他当过教员和县议员,后来12次当选众议院议员,在城山三郎的《男人的真心》中也以平民大臣的角色出场过。

翻开战前政界人士名录,他曾经作为普通选举运动的一员猛将进行“吐血般的热辩”,不顾警官制止的“活火山般”的演说。他似乎属于那种煽动型的辩士。

相比之下,昨天小泉首相的施政演说就朴素多了。与他以往介绍米百俵的趣闻,或者引用墨子达尔文的演说相比,平淡而低调。拼死在众议院选举中取得胜利,很想听听看他接下来有什么打算。

虽然只是外表很像父亲,首相的直观和语言能力并不逊于祖父。吵架也好,辩论也好,任期最后一年里,总会再次显露出来自“纹身阿又”的遗传因素吧。

 戦前の逓信相小泉又次郎氏の肉声を聴く機会が先日あった。小泉首相のおじいさんである。札幌市の元公務員森山正男さん(65)が先月末入手した古いレコード盤に演説が収められていた。電話口でそれを聴かせていただいた。

 「予算成立後の会期最終日に突如議会を解散するとは武士にあるまじき行為。予算食い逃げ内閣である」。昭和12年の春、林銑十郎内閣の唐突な解散を糾弾した。朗々とした声、文語調の言い回し、殺し文句の使い方も巧みだ。その5年後に生まれる孫が後年首相を務め、解散を強行することになるとは知るよしもない。

 又次郎氏は「入れ墨大臣」と呼ばれた。神奈川県の漁村にとび職の次男として生まれた。背中に竜の図を彫り、港で気の荒い労働者を束ねた。教員や県議をへて衆院当選12回、城山三郎氏の『男子の本懐』(新潮社)にも庶民派大臣として登場する。

 戦前の政界名鑑を開くと、普通選挙運動の闘将として「血を吐くような熱弁」をふるったとか、警官の制止をはねのけて「活火山のごとく」演説したとある。扇動型の弁舌だったらしい。

 それに比べると、昨日の小泉首相の所信表明演説には華がなかった。米百俵の逸話を紹介し、墨子やダーウィンを引いた従来の演説と比較しても、平板で高揚感がない。捨て身の衆院選で大勝し、この先何を志すのか聞いてみたかった。

 外見こそ父親似だが、首相の直観や話術は祖父譲りと言われる。ケンカもたんかも上手な「入れ墨又さん」の遺伝子が再び暴れる日が、残り1年の在任中にあるのだろうか。

天声人语 2005.9.26[背离民意的民营化]

一边想着“不会吧”,一边验算第二次,第三次。果然没有错。嗯。是想太多了。这是日前举行的日本大选中,计算300个小选举区的票数时的事。

自民党和公明党的候选人合计得票约3350万票,而民主党、共 产党、社民党和几个新党以及无党派候选人合计得票超过3450万。怎么?竟然比执政党还多100万?

小泉首相曾经断言:“这是一场决定邮政民营化是非的选举。”而后,他向反对法案的自民党议员所在的选区派去了“刺客”。他的理由是:“一旦反对民营化的人成为候选,对当权者是个麻烦。如果没有出现赞成民营化的自民党或者公明党候选人,就不能进行选举。”

这样一来,小选举区中对民营化的是非分辨似乎非常明显了。虽然这个票数还不能说明民营化被否决了,至少说明存在不同的意见。无党派候选人中也有人赞成民营化,或者是比例区的得票数中执政党的票数比较多。

然而,执政党的议席占有率并不代表民营化的民意,这一点是可以确定的。小选举区制度会产生许多死票,民意的细微差别,会产生议席数量上巨大的差距,一举推动政治前进。12年前,加拿大也有过执政党的议席由约150席骤减到2席的先例。

虽说如此,本次选举中仿佛民意一面倒的结果还是很让人吃惊。今天,小泉首相应该会在表明政见的演说中极力宣传邮政民营化。届时,小选举区的过半数投票者都未必赞成民营化的事实,应该会沉重地停留在他头脑的一角吧。

 まさか。そう思って、2度、3度と検算してみた。やはり正しい。うーむ。考え込んでしまう。先日あった総選挙での300小選挙区の票数のことである。

 自民、公明両党の候補者の得票数を合計すると、ざっと3350万票だった。一方の民主、共産、社民、複数の新党や無所属を全部合わせると3450万票を超えている。なんと、100万票も与党より多いではないか。

 小泉首相は断言していた。「郵政民営化の是非を問う選挙だ」。そして、法案に反対した自民党議員の選挙区に「刺客」を送った。「民営化反対だけの候補者になったら有権者も困る。賛成の自民、公明どちらかの候補者を出さないと選択できない」という理屈だった。

 まるで、小選挙区で民営化への白黒をつける国民投票を仕掛けたように見えた。ならば、この票数では民営化は否決されたことにな りはしないか。反論はあろう。無所属の中には民営化賛成もいたとか、比例区の得票数なら与党の方が多いとか。

 でも与党の議席占有率ほど、民営化の民意が強くないのは確かだ。小選挙区制は死票が多いぶん、民意のわずかな違いが大きな議席の差を生み、政治を一気に動かしていく。12年前、カナダで約150あった与党の議席が2に激減した例もある。

 とはいえ、民意を一方向に束ねたような今回の結果には改めて驚いた。きょう、小泉首相は所信表明演説で郵政民営化を熱く語るはずだ。そのとき、小選挙区への投票者の過半数が、必ずしも民営化に賛成ではなかったという事実は、頭の片隅にあるのだろうか。

天声人语 2005.9.25[金黄色的大银杏]

约8年前,某家运输公司中为了让一名员工把头发染回黑色而产生了一场混乱。上司劝说那名把头发染成黄色的年轻员工说,“这会给交易客户留下坏印象。”而员工坚持认为“这是个人喜好问题”。经过三个星期的周旋,最后他被解雇了。

该员工提起诉讼,把争论带到了法庭上。“说染发会扰乱公司内部秩序,实在太夸张了。这是对解雇权的乱用。”公司方最终因此败诉。

今天在大相扑秋季赛场的决赛中,关取的头发是否该染成黑色成为人们讨论的焦点。焦点集中于出身面对巴尔的海的东欧小国爱沙尼亚的把琉都选手。虽然他天生金发,入门后仅仅8场比赛就升为关取,罕见的头发也随即引起了相扑界的瞩目。

按规定,成为关取之后要梳成大银杏发型,可是以前从来没有见过金色的大银杏。本次比赛中表现优异的琴欧洲出生于保加利亚,但头发还是很接近黑色。即使是像朝青龙等来自蒙古的选手,或者像曙一样来自夏威夷的选手,也没有人是金发。

有些人认为,“大银杏那么显眼,还是染黑比较好。”不过日本相扑协会中,“保持自然色就好”的意见似乎占优势。把琉都本人也认为“天生的头发最好”,没有打算染黑。

选手列表中,俄国、捷克、巴西等外国势力都有很多。他们大部分是十几岁就来到日本,学习日语,努力掌握日本传统文化。随着升级,连头发颜色都要改变的话就太可怜了。说起来,为秋天增添色彩的银杏叶,本来就是闪亮的金黄色嘛。

 8年ほど前、ある運送会社で社員に髪を黒く染め直させようとしてもめたことがあった。髪を黄色く染めた若手を、上司が「取引先に印象が悪い」と説得した。社員は「好みの問題」と譲らず、3週間やり取りした末に解雇される。

 社員が訴え、争いは裁判の場に持ち込まれた。「染髪で社内秩序が乱されたというのは大げさ。解雇権の乱用だ」と会社側が敗れている(「労働判例」732号)。

 今日が千秋楽の大相撲秋場所でも、関取の髪を黒く染めさせるかどうかが話題になった。バルト海に面した東欧の小国エストニア出身の把瑠都(バルト)である。生まれつきの金髪だが、入門からわずか8場所で関取に昇進し、その鮮やかな髪に改めて角界の目が集まった。

 関取になれば大銀杏(おおいちょう)を結うのが決まりだが、これまで金髪の大銀杏など見たことがない。今場所をわかせた琴欧州は、 ブルガリアの生まれだが、髪は黒に近い。朝青龍らモンゴル勢や、曙らハワイ出身者にも金髪の関取はいなかった。

 「大銀杏は目立つからやはり黒く染めた方が」という声が一部で伝えられた。だが日本相撲協会では「自然な色のままでよい」という意見が優勢のようだ。「生まれつきの髪がいい」と本人にも染める考えはないらしい。

 番付にはロシア、チェコ、ブラジルと外国勢が並ぶ。多くは10代で来日し、日本語を覚え、伝統的な日本文化になじもうと努力してきた。昇進すると髪の色まで変えられるのではやはり気の毒だろう。そういえば、秋を彩るイチョウの大葉はもともと輝くような黄金色である。

天声人语 2005.9.24[秋分的墓园]

漆黑的墓石上,落着一片樱树的叶子。上面已经染满了黄色,真是一株性急的樱树啊。线香淡淡的烟雾飘过。正值秋分,我信步前往东京都港区的都青山灵园。

大久保利通,乃木希典,犬养毅,志贺志哉……这片广阔的土地上,散落着日本近现代史上出现过的人物们的坟墓。

四处还有些树立着小小的白色牌子的坟墓。“到10月前仍无人申请使用的话,将用来改葬无名尸体。”推进灵园重建计划的东京都,为了整理墓地的权利关系而立了这些牌子。虽然在著名人士的墓前看不到这些牌子,上万个墓地规划中,还是有一些很久没有与使用者联系过的草地了。

有一个角落里,小牌子非常多。这里是外国人墓地。自从明治时期文明开化,他们给日本带来西方文明,许多人再也没有回到故乡,长眠在这里,化为日本的泥土。

有的墓像指导日本印刷纸币的意大利人奇约索奈的墓一样经常得到修缮,但立着白牌子的墓也很多。然而对东京来说,外国人墓地具有很高的历史价值,原则上应该保持现状。距离外国人墓地不远的墓地中长眠的斋藤茂吉,他的歌集《灯火》中有这样一首:“碑石林立中 少女名为玛利加蕾 其墓深动我心”。

茂吉的墓不大而朴素,墓碑上只刻着“茂吉之墓”四个字。墓前供奉的花还是新的。在细密的白菊和龙胆中,白色的百合伸出头来,向着秋分的天空绽放着。

 黒っぽい墓石の上に、一枚の桜の葉が載っている。もうしっかりと黄色に染まって、気の早い桜だ。線香の煙が漂ってくる。秋の彼岸の中日に、東京都港区の都青山霊園に足を向けた。

 大久保利通、乃木希典、犬養毅、志賀直哉……。広い敷地には、日本の近、現代史に登場する人物の墓が点在している。

 そこここに、小さな白い看板の立つ墓がある。「10月までに使用者が申し出なければ、無縁仏として改葬します」。霊園の再生計画を進める都が、墓の権利関係を整理するために立てたという。看板は、著名人の墓の前ではあまり見受けないが、万を超す区画の中には、長く使用者との連絡がつかない墓もあるようだ。

 小さな看板が林立する一角があった。外国人墓地だ。明治の文明開化のころから日本に西洋文明を伝え、故国に戻ることなく日本の土となった人たちが多く眠っている。

 紙幣の印刷を指導したイタリア人キヨッソーネの墓のように、手入れが行き届いているものもあるが、白い看板が立てられた墓が並んでいる。しかし都では、外国人墓地は歴史的な価値が高いので、原則として現状のまま残すという。この外国人墓地からほど近い区画に眠る斎藤茂吉の歌集「ともしび」に、こんな一首があった。〈ならび立つ墓石(はかいし)のひまにマリガレツといふ少女(をとめ)の墓も心ひきたり〉。

 そう大きくはない簡素な茂吉の墓には「茂吉之墓」とのみ刻まれている。供えられた花は、まだ新しい。白菊とリンドウの間から白ユリが首を伸ばし、秋分の空に向かって開きかけていた。

天声人语 2005.9.23[恐怕会再次出现的泡沫]

大概三年前,这一带还是住宅与停车场交错的地区。去年初开始,这里的住宅一个接一个地被拆除,现在已经变成了一个全是停车场的巨大的广场。这是东京中心地带某个住宅街的变迁。

看到这种光景,仿佛可以感觉到某种趋势正在不断接近。不久前,东京地价开始接连上涨,让人感觉到新的泡沫时期又将到来的不安。

东京证券交易所中,不断进行着规模比泡沫时期还要大得多的交易。股价也在不断上扬。虽然通过互联网不断进行短期交易的个人投资家在推动成交额持续上升,也有人认为是因为巨额的石油资金的不断注入。

泡沫时期和现在,时代的样子有了很大变化。银行在购买土地上大量投入资金,使得不动产业界和市民都欢欣鼓舞的那种异常状况想必不会再来了。然而有人说,历史是会不断重复的。

东京都知事石原慎太郎宣布,将开始为东京申办2016年奥运会主办权的活动。1964年的奥运会时,东京市中心的河被填埋修成道路,道路上再添加道路,把东京变成了一个车辆优先的城市。可以说,车与大楼的泡沫破坏了城市结构,夺走了地上人们的视野。现在倒不如尝试把东京恢复为以前的面貌,这还是有些必要的吧。

东京通过奥运会可以得到许多,也会失去许多。一旦失去之后,就很难再恢复。不把利害关系考虑清楚,胡乱为召集建设而奔走的话,很可能会再次掀起泡沫的。

 3年ほど前までは、家屋と駐車場が入り交じった一角だった。去年あたりから、家が一つまた一つと取り壊され、今では駐車場だらけの大きな広場に姿を変えた。東京の都心部の、ある住宅街の変容だ。

 その様子から、何かが忍び寄って来る気配は感じていた。先日、東京の地価が軒並み上がっていると知り、あのバブル期の狂騒が再来するのではないかと不安を覚えた。

 東京証券取引所では、バブルのころよりもはるかに大きな商いが続いている。株価も上がってきた。インターネットを通じた個人投資家の短期売買の繰り返しが出来高を押し上げているとはいえ、巨額のオイルマネーが流れ込んでいるとの見方もあるという。

 バブル期と今とでは、時代の様相は随分違う。銀行が土地買収の資金を大量にばらまき、不動産業界も市民も踊ったあの異様さの再来は考えにくいかもしれない。しかし、歴史は繰り返すともいう。

 石原慎太郎・東京都知事が、2016年のオリンピックを再び東京に招致する活動を始めると表明した。64年の五輪では、都心の川を埋めて道を造り、道の上にまた道を走らせ、東京を車優先の街に変えてしまった。いわば車とビルのバブルで街並みを壊し、地上の人の視野を奪った。今はむしろ、五輪よりも前の街の姿を取り戻す試みの方が必要なのではないだろうか。

 東京には、五輪で得たものと失ったものが数多くある。いったん失ってしまえば回復するのは難しい。その功罪を見極めず、やみくもに誘致に走るとすれば、バブルの再来をあおりかねない。

天声人语 2005.9.22[不知战争为何物,怎能妄谈战争]

特别国会开始前一天晚上,森喜朗前首相讽刺党内一部分新人议员说,“拿着那么多年费,住着豪华的宿舍,议员们却一个比一个蠢。”批判是他的自由,但是我想问他,是哪个党选了这些议员作候补的?

昨天,一些甚至把小泉首相称为生身父亲的“小泉子女议员”陆续首次进入了议院。虽然有些失礼,恍惚间觉得国会仿佛变成了小泉主题公园。

国会这段时间满是小泉的颜色。这种时候才需要一个可靠的人来提意见,可是没有合适的人选。以前负责这一任务的重要人物,原副总理藤田正晴在91岁的时候去世了。他在旧内务省任官僚,战争期间出征台湾。战后在警察厅任职,后来成为自民党政权的中枢。虽然他走过了平民不可能经历的人生道路,却有着独特的人情味和大局观念。

他7岁丧父,10岁丧母。一边疑惑着为何只有自己没有父母,一边渐渐成长为一个不愿服输的努力的人。

1996年,他从众议院议员引退时,有人问他,日本政治中最重要的是什么。他回答道,“就是保证和平。向国外派兵行使武力是绝对不行的,仅此而已。为什么他们总是在想着这么愚蠢的事呢。”

年轻时他亲身经历了战争,想必是沉痛的教训吧。这句话,就像是对由大部分不知战争为何物的一代议员组成的国会所留下的遗言。

 特別国会が始まる前夜、森前首相が自党の新人議員の一部を皮肉った。「歳費がこれだけもらえてよかったとか、宿舎が立派でよかったとか、こんな愚かな国会議員がいっぱいいる」。批判は自由だ。しかし、その議員を候補に選んだのはどの党かと問いたくもなる。

 昨日、小泉首相が生みの親とも言える「小泉チルドレン議員」が続々初登院した。失礼ながら、国会が小泉・テーマパークになったかと錯覚しかけた。

 国会は一段と小泉色に染まりそうだ。こんな時こそ、しっかりとしたご意見番が欲しいが、なかなか見あたらない。かつて、そうした貴重な存在だった後藤田正晴・元副総理が、91歳で死去した。官僚として旧内務省に勤め、戦時中は台湾に出征した。戦後は警察庁に身を置き、その後は自民党政権の中枢に居た。庶民には経験しえない道を歩いた人だが、独 特の人情味と大局観があった。

 7歳で父を、10歳で母を失った。なぜ自分だけ両親がないのかとの思いを持ち続けながら、負けず嫌いの頑張り屋になったという。

 96年に衆院議員を引退したころ、日本の政治でいちばん大切に思っていることは、と問われて答えた。「それは平和を守ることですよ。海外へ出て武力行使なんてのは絶対やっちゃいかん、それだけだ。なんでそういう愚かなことを考えるのかね」(蛭田有一写真集『後藤田正晴』朝日ソノラマ)。

 若き日の戦争の実体験で身にしみた、痛切な戒めなのだろう。その言葉は、議員の大半が戦争を知らない世代となった国会への、遺言のように聞こえる。

天声人语 2005.9.21[红楼梦与六方会谈]

著于清代的长篇小说《红楼梦》,是中国四大古典小说之一,其中大部分由曹雪芹所著,生动描写了大贵族的盛衰,以及围绕主人公的诸多女性的形象。

在北京召开的六方会谈的共同会见中,外交部副部长武大伟介绍了以《红楼梦》改编的越剧中的唱词:“一座座高山,一道道墙”。“意见统一的过程,就是六方翻越高山和墙壁的过程。”如果北朝鲜能遵守约定放弃一切核武器和现有核计划的共同声明,将使世界稳定迈出巨大的一步。作为协议的议长国,看到这场面应该松了口气吧。

武部长借中秋满月举办赏月晚宴,以月饼招待各国代表,并进行了长时间的劝说。红楼梦中也有吟咏中秋之月的诗句。

一个男人醉酒而咏曰(沉默按:此为红楼梦第一回中贾雨村所作):“时逢三五便团圆,满把清光护玉栏。”虽然不知道“满月的庭院”为何而动,各国终于都没有失去手中紧握的小岛。

“天地本无东西南北,何处栖身亦无大碍。自空而来,自空而去罢了。”这也是红楼梦中的句子,然而却暗含着现实世界的沉重枷锁。(沉默按:原文没有查到,是意译。)

绑架问题是日朝之间沉重的阻碍。北朝鲜提出属于绑架被害人的遗骨经日方DNA鉴定并非其人。未来的道路还很险峻,不过希望政府能督促遵守共同声明,早日在绑架问题上达成协议。

 清の時代に書かれた長編小説「紅楼夢」は、中国の四大古典小説の一つとされる。大半は曹雪芹(そうせつきん)の作といわれ、大貴族の盛衰や、主人公を取り巻く女性らの人間像が多彩に描かれている。

 北京での6者協議の共同会見で、武大偉(ウーターウェイ)・中国外務次官が、「紅楼夢」を劇にした作品の歌詞を紹介したという。「一つ一つの高山、一枚一枚の壁」で、「合意への過程は、我々6者が山を越え、壁を乗り越える過程だ」と述べた。北朝鮮が、すべての核兵器と今ある核計画の放棄を約束した共同声明は、守られれば、世界の安定にとって大きな一歩になる。協議の議長国としてホッとした場面なのだろう。

 武次官は、中秋の名月には月見を名目に夕食会を開き、月餅を振る舞って長時間各国を説得したという。紅楼夢にも中秋の名月のくだりがあった。

 男が酔ってうたう。「時しも中秋十五夜の満月、すがすがしい光が欄杆に囲まれた中庭をくまなく照らし渡している」(岩波文庫・松枝茂夫訳)。「名月の庭」で何が動いたのかは分からないが、各国とも、とりつく島を失わないで済んだ。

 「この大宇宙、もとより東西も南北もないのだから、どこに住みつこうと同じこと。空中より来たからには、空中に去るまでだ」。これも紅楼夢の一節だが、現実世界のくびきは重い。

 日朝間には拉致問題が重く横たわる。北朝鮮が拉致被害者のものとして提出した遺骨は、日本側のDNA鑑定では別人のものと判明した。道は険しいが、政府は共同声明の順守を促しつつ、拉致問題での協議も強く進めてほしい。