标非新 然立译

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张立楠,男,1982年10月生人。身为计算机专业毕业生,讨厌看文档,讨厌写代码,讨厌研究技术。
爱好学习日语,看漫画,画漫画,标准的不务正业。

目前在一家翻译公司做日文翻译。

备考J-test,偶而再来翻翻天声人语好了。

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之前还在那个算是窗子的东西上挂着的黑帘子,母亲把它摘了下来。“凉爽的风吹进来,我体会到了有生以来第一次彻底解放的感觉。”作家常盘新平这样回想60年前的终战时刻。

那一天,为防止空袭而要求各家各户不得透出灯光的灯火管制终于解除了。当时他还是中学二年级学生。

“孤灯虽送清凉意 心中仍有无限悲”。久保田万太郎的这一俳句,前面的标题是:“八月二十日 灯火管制解除”。在题为“终战”的一句中他这样写道:“夏日傍晚的阳光中 一切都是那样平静”。

满是烧焦痕迹的城市提醒人们,开始战后的生活。就像是开始的暗号一样,燃起了无数不再受管制的灯火。一方面唤起了人们的解放感,一方面也会让人想到漫长的战争灾难和人类的悲伤吧。

战争时期,民俗学者柳田国男所著《火的历史》中,有一部分提到了灯火管制的问题。“虽然最近不得不进行灯火管制,灯火却越来越明亮了……”他写道,以前的人们为了在黑暗中照明受了很多苦。“世界变得明亮起来,可以说是从有了灯火开始的。”

让人回想起那个夏天的灯火,不会熄灭,燃得更强烈,更明亮,继续照亮着城市和家庭。除了灾害时期,灯火已经是理所当然的存在了。60年后的夜晚里,希望能唤起人们对那些遮蔽着灯光,只能照亮烧焦的废墟的日子的记忆。

 前日まで窓という窓に垂らしていた暗幕を、母親がとりはずした。「涼しい風がはいってきて、私は生まれてはじめての解放感を味わった」。作家の常盤新平さんが、60年前の終戦時を回想している(『文芸春秋』増刊号「昭和と私」)。

 空襲に備えて家々の光を外にもらさないようにする灯火管制から、その日解放された。中学2年生だった。

 〈涼しき灯(ひ)すゞしけれども哀(かな)しき灯〉。久保田万太郎の句には「八月二十日、灯火管制解除」と前書きがある。「終戦」という前書きでは、こう詠んでいた。〈何もかもあつけらかんと西日中〉。

 焼け跡の街で「戦後」が始まろうとしていた。その始まりの合図のように灯(とも)されたのが、管制を解かれた無数の明かりだった。久々に街に放たれた光は、解放感を呼び起こしつつ、長かった戦争の惨禍や人間の哀しさを思わせたのだろう。

 戦時中に民俗学者の柳田国男が著した「火の昔」に、灯火管制に触れたくだりがある。「近頃では灯火管制をしなければならぬ程、灯火(ともしび)は明るくなつてゐますけれども……」。昔は、闇を明るくするために皆が大変な苦労をしたと述べる。「世の中が明るくなるといふことは、灯火から始つたといつてもいゝのであります」(『柳田国男全集』筑摩書房)。

 あの夏に戻ってきた灯火は、絶えることなく、より強く明るく、街を家を照らし続けてきた。災害時は別として、常にあって当たり前の存在となった。60年後の一夜、光が閉ざされたり、焼け跡を照らし出したりした日々があったことを思い起こしたい。



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[点击此处收藏本文]  发表于2005年08月24日 9:08 AM




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